とむい
553 文字2,414 打鍵436 確定執筆 1時間14分

自己中パラドックス

私はかなりのドライ人間だ。


巷はワールドカップで盛り上がっているが、私には関係ない。

遠いどこかで誰が死のうが、知らない。

「100万円もらえる代わりに他人が1人死ぬボタン」があれば連打する。


また、オカルトは嫌いだ。

お化けはいない。

宇宙人もいない。

占いも迷信も意味ない。

観測できないことは存在しないことと同義だ。

未だ解明されていないことは世の中に多々あるだろうが、解明された時に現れる。

そう考えて差し支えないはずだ。

観測できないことを在るかもしれないと言いだすとキリがないからだ。


ここまで読んでもらえれば、次の意見も突飛には感じないと思う。

私は、

私の死=この世の終わり

だととらえている。

死後の世界などはなく、人は死んだら無となる。

私が死ぬと、私は世界を観測できない。

観測できないことは存在しないと同義なので、私にとってはこの世界はなくなるのだ。

だから10億人の命より私の命が大事。


このように確固たる偏った信念を持って生きてきたわけだが、最近、矛盾が生じていて困惑している。

子供ができてからだ。

自分の命 or 子供の命

この問いには何度考えても子供の命を選んでしまう。

今までの私のスタンスと矛盾している。




どうやら私にとっても私が唯一の観測者ではなかったらしい。




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とむい
@tomui

専業投資家8年目。連絡はXにお願いします。

自己中パラドックス — ヒトモジ