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観測者パラドックス
私はかなりドライな人間だ。
巷はワールドカップで盛り上がっているが私には関係ない。
遠いどこかで誰が死のうが知らない。
「100万円もらえる代わりに他人が1人死ぬボタン」があれば連打できる。
また、オカルトは嫌いだ。
お化けはいない。
宇宙人もいない。
占いも迷信もない。
観測できないことは存在しないことと同義だ。
未だ解明されていないことは世の中に多々あるだろうが、解明された時に現れる。
そう考えて差し支えないはずだ。
観測できないことを在るかもしれないと言いだすとキリがないからだ。
ここまで読んでもらえれば、次の意見も突飛には感じないと思う。
私は、
私の死=この世の終わり
だととらえている。
死後の世界などはないので、人は死んだら無となる。
私も例外ではなく、死んだら無となる。
この世界の観測者である私が居なくなるということなので、私にとってこの世界はなくなるのだ。
だから10億人の命より私の命が大事。
このように確固たる偏った信念を持って生きてきたわけだが、最近、矛盾が生じていて困惑している。
子供ができてからだ。
自分の命 or 子供の命
を考えると子供の命を選んでしまう。
ここまでの話と矛盾している。
どうやら私は、この世界で唯一の観測者ではなかったらしい。