読了「推し、燃ゆ/宇佐見りん」
『推し、燃ゆ』宇佐見りん 河出書房新社 2020/9/30初版発行
※前半ネタバレ無し、後半ネタバレ有り
「若い作家が芥川賞をとった」「最近流行ってる"推し"ね」
そんな偏見を持たずに、文学として読んでほしい。
はじめ数ページは若い文体に思えるかもしれないが、
読み進めていくと、きっと、気づかぬうちに没入していく。
◎こんな人にオススメ!
・直木賞作品より芥川賞作品が好き(純文学が好き)
・共感性が高い
・出来事よりも、登場人物の内側に入って物語を見たい
短めの小説なので、純文学の触りにもいいかもしれません。
文庫版もあります。
--- ネタバレ無しの感想 ---
4年程前、まだ文庫版が出版されていない時に購入しました。
数日前読み返して、これは2回読んだ後の読了記事となります。
初めて読んだ時は主人公(以下:あかり)と年も近く、つまり若く、
あかりの推し方すげー!文学表現良かったなー!
というくらいの浅い感想を持ちました。
あかりと自分の共通点や、共感できるところを探したりもしました。
値段の都合上、普段あまりハードカバーを買わないのですが、
こちらの作品は買って良かった!と心から思いました。
この作者さん好きだな、と思い、前作品の「かか」も購入。
この「かか」。すごかったです。
推し、燃ゆ よりも強烈なパンチをくらいました。もちろん良い意味で!
推し、燃ゆ 同様に読み返したいのですが、色々主人公と境遇も似てたりして
自分の心の深い所に沈んでしまうような気がして、
しばらく戻って来れなくなりそう…と思い、まだ勇気が出てません。
それくらい素敵な作品なので、いつか読めたら読了書きます。
話を戻しまして、4年経って少しは大人になった今、読み返した感想を書きます。
最初の印象は「あれ、文章こんな若かったっけ」と思い、懐かしんでいました。
けれど、すぐにのめり込む。没入。
今思えば、女子高生のリアルな会話や目線が文章に反映されていて
それを若い文章と捉えた私が若かった…と感じております。
読み進めていくと、どんどんあかりの生き様というか
生活そのものが自分の中に入ってくる感じがしました。
上のオススメでも書きましたが、
主人公の内側に入って物語(生活)を見ている感覚。
内側に入っているので、あかりの感じることも入ってくる。
そう感じさせる文学表現がとても魅力的で、
読みながらあかりとリンクしていく感覚が面白かったです。
※※※ 以下、作品のネタバレがあります ※※※
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--- ネタバレ有りの感想 ---
作中の表現でもある通り「体の重さ」を体感できるところが
個人的には本作の一番の魅力かと思います。
読み進めていくうちに、あかりが感じる重さ、体温、生活の湿度などを
文学表現でどんどん感じることができました。こういうの、好きです…。
取り繕ったキレイゴトの主人公なんかじゃなくて、
重さをもったあかりと一緒に世界を見ていると、
ゴミだらけの部屋の匂いまでしてきそうなくらいリアルでした。
こういう純文学、好き!!!
はじめは推しの話がメインかと思いきや、
どんどんあかりの重さの話になっていく。
生きづらさ、にも色々あるが、あかりの場合は先天的なもののようですね。
いわゆる「ふつうの生活」が難しいあかりでも
推しの為なら、文字通り必死でアルバイトをする姿。
うわーー、リアルだなーーー。と思いましたね。
P.74 担任から留年の事を言われているシーンが共感できました。
社会的立場のある人からの正論、説得。
正しさを押し付けられている感覚。
正論が正しいことは分かっている、頭で分かっているけれど
でも、そんなことより「今がつらいんだよ」
あかりと状況は違いますが、20才くらいの時に鬱とノイローゼを発症して
同じ感覚になったことがあります。
~~したらダメ、~~したほうが良い、~~しなきゃいけない
そんなこと、分かっている。
(今思えば、知っている、の方がしっくりきますね。)
正しさとかどうでもよくなるくらい、とにかく今がつらい。
今、というのは、今この瞬間の今で
その「今つらい」が1秒後1分後も1時間後も、きっとまた明日も続く。
今ある自分も、今ある現状も、これからも、全部つらい。
そんな、正常な判断ができない状況になって、自分の中でぐるぐる回る。
生きてるだけで家を壊してしまう。
あかりはそんな中でも、死ぬという選択肢は選ばない。
推しという存在を主軸に、それが人になろうとしている時も
行動したり、ご飯を食べたり、必死に必死に生きている。
やりたいこと、できないこと。夢を見ること、つらい現実。
キレイゴトだけじゃないあかりの毎日が
とにかくリアルだな、と読んでいる間ずっと感じていました。
ホールケーキを無理やり一人で食べて吐いてしまうところも
洗濯物を取り込む判断ができないところも
背骨も血肉もすべて自分だと思うところも
あかりのありのままで、どこか読んでいる私にとってのリアルでもある。
最後の綿棒を拾った後、おにぎりもペットボトルも拾う必要があるところで
自分が「生活」に対してずっと抱いてきた気持ちを思い出しました。
毎日やらなきゃいけない事をやっても、次々とやらなきゃいけない事が出てくる。
仕事だって、掃除だって、お風呂も食事をとることも。
その「終わらない感覚」がとても嫌いで、「生活」がとても苦手でした。
(別作者さんの作品になりますが、星野源さんの「そして生活はつづく」を読んでから、この疑問はちょっとスッキリしました。)
状況的に見たら、自分よりもあかりの方が生活することが苦手なはず。
けれど、生活という長い長い道のりを見据えて
這いつくばりながら進んでいこうという、あかりの生きる姿勢。
二足歩行が向いていない自分のことを受け入れたこと。
体は相変わらず重いけれど、綿棒を拾う。
こんな単純な言葉であらわすことしかできないのが癪ですが
とても勇気をもらいました。
改めて、文学表現が自分の中に入っていく感覚に魅力を感じた
とてもとても大好きな本です!
あかりはこの年で自分自身を受け入れる選択を取れたのがえらい。
自分の人生なんだから、自分のペースで歩いていけば
それでとっても充分だと思います。
障がい、もしくは精神的な病気をテーマに扱ってると思うので
読む人にとってはつらくなることもあるかもしれません。
私にとっては、あかりの血肉や背骨、体の重さを体感して
あかりが自分を受け入れて生活の道のりを進んでいくように
私も自分を受け入れて進みたい、と思えた作品でした。